気まぐれ日記 2017年3月
17年2月はここ
3月1日(水)「相変わらずダウン・・・の風さん」
天気が下り坂だが、まだ雨は降り出していない。昨日の筋トレのお蔭か、左の肩や腕の状態がいい。
ルーチン作業を終えて、リハビリに出かけた。今日も遅い時間帯だったので、駐車は楽だった。
帰りにホームセンターで猫のトイレの砂を買い、いつもと少し違うルートで、郵便局経由で帰宅した。
インスタントラーメンでさっと昼食を終え、書斎に入ったが、リハビリの後の疲労感が出た。昨日から観ていた映画「ダラスバイヤーズクラブ」を最後まで観たところで、リビングに降りてダウン。電気カーペットを半分オンにして寝た。
天気予報より早く雨が降り出した。
夕方のコーヒータイムを終えて、再び書斎へ。
来年へ向けて2冊の小説の企画がある。S社向けとH社向けだ。どちらも本格的な作品になる。S社向けの作品の登場人物の詳細年譜の作成に着手した。今日は、ある本に記載されている主人公の年譜をすべてExcelへ転記し終えた。
夕食後は、ビジネス本の資料読みと確定申告の準備の続き。
来週の上京スケジュールはほぼ固まった。
3月2日(木)「終日書斎・・・の風さん」
昨日の雨が残っている。今日は晴れ間はのぞきそうもない。ほとんど書斎にいる私は窓から外を眺めることが多く、気分が天候に左右されやすい。頑張らねば。
気合を入れて、先ずひと仕事してしまおうと思った。
名商大のキャリアデザインに協力する関係で、あらためてプロフィール作成依頼が昨日来ていた。原案は昨日中に作成してあったので、今朝、見直して、事務局へ送付した。
会社の同僚からもコメントを求めるメールが、やはり昨日届いていた。まともなコメントはとても書けないので、感想を述べる形で返信した。昼食後、ビジネス本の参考書の最後の章を読んで、今年11冊目の読了となった。これで、いよいよビジネス本の執筆を開始できる。
雨が上がったらしく、外が少し明るくなった。
続けて、確定申告の準備の続きもやったし、来年へ向けた幕末史の勉強も少しした。
今日も、発注した古本が1冊届いた。幕末史へつながる参考書だが、そろそろこの分野も勉強を始めなければならない。
夜は、再来週の上京スケジュール(交通手段)を確定させ、今月訪問できない出版社へ、断りのメールを送信した。
上がったと思った雨がまた降り出して、風も出て来た。
だんだん目の前の課題が明確になってきて、今日はダウンしている余裕もなかった。
3月3日(金)「生産技術マネジメント研究会が一段落・・・の風さん」
午後、半年間続いた生産技術マネジメント研究会の最終報告会があるので、出発前に、面倒な確定申告の準備の続きをしておいた。
スーツに着替え、超高速ランチをおにぎりで済ませ、ワイフに駅まで送ってもらった。
車中では幕末小説関連本を少し読んだが、勉強になった。
名駅のMUFJのATMでお金をおろしてから、会場へ向かった。今年は参加者が少なかったので、こじんまりした最終報告会である。
参加者にとっては貴重な異業種交流ができたと思うが、実は、私にとっても、リアルタイムのビジネス環境に触れることができて、有意義な半年間だった。一方で、執筆環境が多忙になりそうなのをチャンスととらえ、未練を断ち切る準備に入ろうかと思い始めている。
報告会の後は懇親会になったが、会社の元同僚は仕事に戻った。つまり、プレ金など関係なく、これから定時後、会社で仕事なのである。年計の準備とか言っていた。ご苦労様。世の中、愚かなマスコミのせいで、楽に仕事することが善のように思われているが、スイスイ仕事できるのは超優秀な人材だけの話で、またそういった超優秀な人材に限って、仕事が多く回されてきて多忙になるのだ。そうやって頑張る人材がいるから会社は存続・発展するし、彼らの多くは妥当な評価を受けるのだ。会社がつぶれてもいいと思っている人間はほとんどいないはずだし、同僚との競争をしたくない人間もまた少ないはずだ。
懇親会でしこたま飲んで食べたので、帰宅したら、どっと疲れが出た。
リビングでダウンし、目が覚めたら、既に日付変更線を回っていた。
しかし、それからが大変だった。明日、浴室のリフォームの打ち合わせに住宅会社が来るので、その事前打ち合わせをワイフと始めた。
就寝は午前4時近かった。
3月4日(土)「リフォーム打ち合わせに全力・・・の風さん」
8時半にフラフラしながら起床。土曜日の朝はゴミ出しの日なので、パジャマ姿、はだしでサンダルを履いて、自分のゴミ袋を出しに直行した。ゴミ袋の中には何年も着たワイシャツが1枚入っている。袖が短かすぎて、上着を着ると袖が出てこないものだが、もったいないと思いながら優先的に使用してきた(早く着古そうとしていた)のだが、とうとう今日まで来てしまったのだ。
午前中に重要なメールなどを出し、五目寿司で昼食後、カタログを見ながらリフォームの勉強をした。
約束していた午後3時に、我が家を建てた住宅会社の、リフォーム部門の担当者がやってきた。
前回は、高齢化(今後過疎化)が進む当地で、今後も長く暮らし行けるか自信がなくなったので、リノベーションはもちろんリフォームすら躊躇しているという説明に、心から共感してくれたので、私としてはとても好印象を抱いていた。
色々と悩んでいたが、著しく劣化が進んでいた浴室周りのリフォームを決心したので、彼に再び来てもらうことにしたのだ。
質問し、確認することは、すべてリストアップしておいたので、効率良く相談は進んだが、それでも、2時間以上かかった。
お互いに、さらに検討すべきことが明確になり、約2週間後に、職人も交えて再打合せすることになった。来月早々モデル展示で最終仕様が確定すれば、GW明けからあまり日にちが経過しないうちに工事がスタートできるかもしれない、といった信じられない日程も提示された。こういったことは、完成するまでが楽しいので、急がなくても年内に終われば十分です、と伝えておいた。
きしめんの晩御飯を食べた後は、確定申告の準備の続きをやり、収支の計算がかなり終わり、ゴールが見えて来た。
3月5日(日)「相変わらずやることが多い・・・の風さん」
午前9時に、シルバーさんが貝塚伊吹の剪定の事前相談に来てくれた。今から25年以上前に父が植えてくれた貝塚伊吹だが、ほったらかしにしている間に、伸び放題の状態になってしまい、カーポートを圧迫している。やれるだけでけっこうです、と思っていたが、本人は真剣な様子なので、かなり刈り込んでくれそうだ。木曜日を予定日にしたので、私もそれまでにきちんと意思表示できるようにしておこう。
午前中にルーチンの仕事をし、昼食後、筋トレに出かけた。しばらくペースが落ちるが、ストップしないように頑張ろう。
いつものメニューをこなしてからGSへ直行した。
自動洗車した後、ウィンドウに撥水コートを施し、タイヤワックスもかけた。その後、この冬最後にしたい灯油を36L購入。
帰宅し、ワイフとコーヒータイムにした後、ビジネス本の序章を書いてみた。頭で考えていた以上に手間取ったので、中断した。
夕食後は、確定申告の準備の続きで、今日でやっと収支の中の支出部分の整理を終えた。総額はだいたい例年通りになっている。
3月6日(月)「仕事に専念のはずが散漫な一日・・・の風さん」
毎週月曜日は体育館をはじめ色々な施設が休みのことが多い。加えて今日は天気もイマイチなので、こういう日は書斎で仕事に専念、ということになる。ところが、そうは問屋が卸さないのが現実だ。
相変わらず左腕が痛い。左の五十肩がかなり良くなってきているのに、左腕が痛いために、その効果をさらに上げることができない。かと言って、痛み止めの過剰服用はさけたいので、ガマンしながら少しずつ動かしている状態だ。このことが気になって、天気と同様に気分もイマイチとなっている。
予告なしにいきなりツムツムにピックアップガチャが出現した。内容はそれほど魅力的ではないが、たまにしかないチャンスなので、一気に全部(15個)ゲットした。おまけ含めてツムのラインナップに飛躍的な変化はなかった。やれやれ。
午前中は名商大の先生とのメール交換に力を入れた。現役から身を引くのは簡単ではないことを感じた。
午後になって、いよいよ作家活動を中心にするため、気合を入れようとしたが、何となくダメ。途中で色々な用事に気が付くので、気晴らしにそれらをやりながら、作家活動というか執筆へと持って行こうとするのだが、やはりクリエイティブなことというのは、いつもこんな感じで、なかなか軌道に乗れない。
パソコンの画面に向かっていることが多い。突然、セキュリティソフトの更新まで30日だというポップアップメッセージが出た。
昨年、途中でセキュリティソフトのバージョンをアップさせた。MacBookAirにも装備するためだった。MacOS含めて3台で利用できるのが特長だった。突然現れたメッセージを見ると、3年延長にすると、5台まで増えて、値段もかなりお得になることがわかった。今年は作家としての収入が期待できるので、購入することを決めた。
夕食後、確定申告の準備作業の続きをやった。収入関連の資料の確認が中心になった。その後、支出の抜けを一つ一つ思い出しながら、Excel表に追記していったが、また完了させることができなかった。確定申告はいつも郵送でしているので、だんだん日にちがなくなってきて、焦りを感じる。
3月7日(火)「恒例の陶芸展鑑賞・・・の風さん」
午後から出かけるので、午前中に少しでも仕事をしておかなければならない。
ルーチンのアイテムをこなして(助走みたいなものだ)、ビジネス書の執筆に取り掛かった。全体構成はできているので、書きながら内容を充実させていけばよいだけなのだが、なぜか勢いが出ない。当初イメージした通りの内容になっていかないのだ。最初のイメージが変だったのか、執筆しながら間違った方向へ進んでいるのか、それすら判断できない。複数の執筆案件を抱えているために、頭の中が混乱しているのだろうか。長男は源泉徴収票などを用意して来ただけで、申告用紙への記入や計算はすべて町役場の職員がやってくれたらしい。還付金がどっさりあったとワイフが喜んでいた。
昼食後、ワイフとキャメロンで出かけた。会社の元同僚の作品が展示されている陶芸展を鑑賞するためだ。毎年ハイレベルの展示が見られるので勉強になる。
しかし、今日はもう一つ大きな目的があった。クルマ好きの元上司とそこで会えるのだ。そのため、一昨日、キャメロンを洗車し、タイヤに専用のワックスまでかけていた。
ところが、あいにく風邪をひいてしまったとかで、会ってキャメロンを自慢することができなかった。残念だった。
約1時間、元同僚の案内で鑑賞し(今年は色について勉強になった)、さらにOB会のような歓談をし、老人の話題(健康や病気のこと)に集中するのを避けながら、美術館を後にした。
帰りにワイフの指示でコストコに寄って、長男に食べさせる寿司を買って帰った。
書斎での仕事はビジネス書の執筆をやめて、小説の準備に取りかかったのだが、こちらも調子が出ない。
明朝は早いので、次女が帰宅する前に入浴し、上京の準備を始めたのだが、これもイマイチはかどらない。左腕が痛いだけでなく、脳みそも痛んでいるのかもしれない。
3月8日(水)「上京打ち合わせ・・・の風さん」
通勤・通学時間帯(とは言っても遅め)の電車で名古屋へ。コンビニで昼食用のパンを買ってから新幹線に乗り込んだ。
早速MacBookAirを出して、メールチェックなどのルーチンをこなした。あとは新書を少し読んだ。車窓から眺める富士山がきれいだった。
大手町駅から地下鉄に乗ったので、少し歩かねばならなかった。しかし、白山(はくさん)駅から日本測量協会までがもっと大変だった。詳細なルートをメールで教えてもらっていたのだが、駅で80段の階段があると書いてあった。そんな馬鹿なと思ったが、本当に大変だった。老人いじめとしか考えられない。とは言え、日本測量協会の人だから、ここまでこだわって詳しいルート案内になっていたのかと、あらためて納得した。
今日は専務理事と歓談できたのだが、測量学を土台に、江戸時代の測量を理解し、さらに歴史まで勉強されている方で、詳しいこと詳しいこと、驚くばかりだった。城郭の話になったとき、たとえば備中松山城を持ちだしたら「3回くらい行ってます」と即答。ふもとに藩の屋敷があって、今は高校があり、門の前に踏切があって……と、話がピンポイントで通じる。こんな経験はめったにない。
神保町で児童書の2つの出版社と打ち合わせた。場所は、かつて新人物往来社と何度も打ち合わせた懐かしいレストランだ(三省堂と隣接)。あのとき、今日のような(児童書の)打ち合わせをする日が来るとは夢にも思わなかった。
打ち合わせを終え、御茶ノ水から地下鉄で池袋へ向かった。ジュンク堂近くの出版企画会社を訪ねた。こういうビジネスと交流するのは初めてだった。ノンフィクションがメインの会社なので、これからのお付き合いがあるかどうかわからないが、互いをよく知り合っておくことは意義がある。
その後、新宿へ移動し、ラーメンで夕食にしてからバスタ新宿に入った。主に新書を読みながら時間をつぶしたが、インフォメーションの2人の女性の仕事ぶりを眺めるのは楽しかった。来客の10人に1人は外国人で、まったく平然と応対していた。もちろん英語で。こういう人材はかなりいて、ごく普通のシチュエーションで仕事をしているのだろう。
今夜のバスは平日にもかかわらずほぼ満席だった。枕を持って来たし、念のためロキソニンも飲んでおいた。頚椎症と腕の痛み対策である。
3月9日(木)「確定申告が大詰め・・・の風さん」
まだ夜明け前だと思うが、寒くて目が覚めた。ほぼ満席なので暖房を弱めにしていたのだろうか。老人にはつらいよ。
通勤・通学とは反対方向に帰るので、乗る電車は決めてあった。変な乗り換えを組み込んで、何とか8時前に帰宅できた。
寒くて風呂に入りたかったが、諸般の事情がまだそれを許してくれなかった。
8時半にシルバーさん2人が、貝塚伊吹の剪定に来てくれた。出迎えて、どこまで剪定してもらうか話し合った。ほとんどすっぱりやってもらうという潔い方針になった。
こうしてやっと入浴できる状態になったので、湯船に浸かって体を温めた。
気分がスッキリしたが、やることが多くて、気が重い。短い旅だったが、それでも旅の片付けを少しずつしながら、仕事ができる環境を整えていった。
インスタントラーメンで昼食にし、その後、シルバーさんの剪定も一段落したので、やっと環境が落ち着いてきた。
ところが、そうなったとたん、今度は疲労が襲って来た。睡眠不足ではないが、休息不足だったのだろう。こうなると、体力が戻るまで、安静にしているしかない。まだまだトレーニングは重要課題だ。とりあえず、明日投函したい郵便物の準備だけはした。
夕食後、やっと確定申告に手をつけることができた。何が何でも明日には郵送で出したい。
昨年の資料のフォルダーの中をチェックし、仕事の手順を考えた。最初に手をつけたのは、保険関係の書類の整理だった。
次に手を付けたのは、収入に相当する支払調書の整理で、昨年の記入と同じ順番で書類を並べた。
こうしておいて、やっと確定申告のウェブサイトを開き、作成作業に取り掛かった。基本的に、昨年と同じステップにするのだ。
こうして午前2時過ぎに、次女のマイナンバー以外すべて記入が終わり、幸運にも今年も還付金が発生した。
今日二度目の入浴を楽しんで、午前3時過ぎに就寝した。
3月10日(金)「やっと確定申告を郵送・・・の風さん」
ややゆっくり起床。昨夜用意したレターパックを投函してからリハビリに出かけた。10時25分の予約である。
毎回、肩の調子を報告している。「上に上げる分にはまったく右腕と同じになりました」と言ったのだが、リハビリの途中でPT(理学療法士)から「まだ動きませんね。耳に当たらないでしょ?」と言われた。確かにその通りだった。右腕は何の苦もなく腕が耳に当たるが、左はまるで届かない(涙)。老化現象で治りが遅くなっていると思うと、またガックリだ。何度か変更した完治目標のリハビリ1年以内(つまり3月末で卒業)は、遠ざかった。
ホームセンターで買い物をし、山越えの田舎道で帰宅した。
高速ランチ(卵かけご飯とキムチ)を終えて、いよいよ確定申告の郵送の準備だ。添付書類を用紙に貼り付けるのが面倒だが、なるべくコンパクトに仕上げるようにしている。やっと完成し、重さを測ってみると150g未満だったので、古い年賀切手4枚を使って205円にした。
キャメロンで最も近い分局へ行き、窓口に提出した。測りに乗せると料金がデジタル表示される。205円だった。
何日もかけた重要な作業が終わってホッとした。
と同時に疲労がドッと襲って来た。
結局、今日は仕事をする元気が出ず、ネットで「バイオハザード3」を観て終わってしまった。
ペコの調子が良くないので、明日が心配だ。私もなぜか風邪気味(花粉症かもしれないが)なので、風邪薬を飲んで寝た。
3月11日(土)「ペコのケアとサポート・・・の風さん」
今朝もペコの調子が悪く、便が出ずに吐いてばかりだった。ワイフは教室があるので、私がペコを病院へ連れて行った。有料道路は片道260円。観光客とは逆方向へひた走る。
幸い病院は空いていて、早めに処置してもらえた。前回のように、効果があれば、帰宅してから一気に排便する。
はたして便意を催したらしく、何度もトイレに行くが……出ない。全力で出そうとした反動で吐く。この繰り返しだ。不要な広告を持って後を追う。トイレットペーパーも。とうとう、ところかまわず排便の姿勢に入る。下に広告をあてがう。しかし、少ししか出ない。吐くとその後始末をする。やがて追いつかなくなった。あちこちに便が落ちている。冷静に追いかける。
やがてペコはサンルームで落ち着いた。疲れたのだろう。私も同じだ。
午前の教室が終わって、昼の間に、夫婦で情報交換。そのすきにパンケーキで昼食にした。
ペコはまだ落ち着いている。ワイフは午後の教室が始まったので、今がチャンスと、アクアの給油と洗車に出かけた。
天気は上々で、ドライブ日和だが、気分はイマイチだ。
洗車を待つ間、前方の民家の2階の、日が当たる窓際にペコそっくりの猫を発見し写真を撮った。
洗車後、しっかり拭き上げて、タイヤワックスもかけて帰宅した。
ペコはまだサンルームにいた。私は書斎へ向かい、昼寝することにした。
夕方になってようやく仕事を始めたが、なかなか調子が出ない。
やがて次女が帰宅し、予定通り、今夜はグリューワインを温めて、次女の壮行会となった。次女は、今後の資金確保のため、明日から東京で働くのだ。某自動車会社で期間従業員として働くのだが、本人は高賃金が狙いである。グリューワインを飲みながら、製造業や現場作業について説明してあげた。
次女の行動には驚かされるが、私も就職するときは自分ですべて決めたから、似ていると言えば言えなくもない。しかし、私の場合、自宅を出発する前日の夜、両親に将来の夢を初めて語っている。時代小説家を目指しているのだと。さぞかし両親は驚いたことだろう。しかし、その後の私は夢は決して捨てなかったが、基本的な生活は誰からも批判されないように心がけた。次女の場合は、そもそも将来の夢がまだないようだ。画家を目指せばいいのに、なぜか目を背けている。
最後に、しばらく収入がない次女にカンパをした。
酔っ払ってしまったので、早めに入浴して就寝した。ペコはおとなしく食欲もないようだ。
3月12日(日)「とりあえずストーリー案を2つ・・・の風さん」
昨日、大学の卒業式の手伝いまでした次女は、今日の夕方が会社の入寮指定時刻なので、昨夜からバタバタと準備していた。それが今朝もまだ続いていて、結局、ギリギリの出発となった。11時21分発の電車に間に合うように、駅までアクアで送って行ったが、スーツケースが重たかった。
そんなこんなで(確定申告、ペコの世話、次女の送り出し)、私自身も追い詰められていた。
明日までに、3つの小説のストーリーを考えて出版社へ送る計画だったが、ほとんどできていなかった。
次女は送り出したものの、ペコは相変わらず元気がない。食べないし、トイレにも行かなくなっている。死期を悟った動物が食を断つ姿は、昔の飼い猫で経験している。そうなっていないことを祈るばかりだ。
たくさんたまってしまったお菓子で昼食にし、いよいよ私の仕事に取り組まねばならない。
参考資料を見ていると、作業が止まってしまうので、メモ帳にどんどん書いて行くことにした。ストーリー優先である。
夕方、入寮した次女から写真付きのメッセージが続々届いた。個室でバスとトイレ、キッチンがついている。独身寮というより、アパートである。本人もだろうが、親としても嬉しかった。初めての仕事も不安だが、日常生活も心配していたのだ。独身寮や会社は、今は亡き両親(次女から見れば祖父母)が生まれた場所と近い。見守ってくれていたのだと思う。次女のメッセージに、長女やワイフも応答を始めた。
安心した私はひたすら思いつくストーリーと、無理やりひねり出したストーリーを執筆マシンに打ち込んで行った。
夕食後、キムタクの 「A LIFE」 を観てから、作業に戻った。
風邪気味のワイフが就寝しても、私の作業は終わらなかった。
午前3時過ぎに、出来上がったばかりのストーリー案2つを出版社へ送った。もう1つは、明日、現地で話してみるしかない。
就寝は午前4時になった。
3月13日(月)「ホワイトデーの仕事・・・の風さん」
先週と同じパターンで上京スケジュールを開始した。しかし、3時間睡眠はちょっと心配ではある。
新幹線に乗車し、MacBookAirを取り出し、先ずはメールチェック。
東京での最初の仕事はS社での打ち合わせである。提案した7つの企画のうち、編集者が注目した1つについて、残念ながらまとまった形での提案はできていない。現時点もそれは同様だが、どのような面白いエピソードがあって、どのような人物像を設定し、どのような物語に構築できそうか、その可能性を示す必要がある。参考資料をいくつか持参してきたので、それらを読み返しながら、説明のポイントを決めていった。そうすることで、だんだん自信もついてきた。
大手町から地下鉄に乗り換えてS社へ向かった。編集者は多忙のようだった。それでも熱心に情報交換しながらこちらの意図することをくみとろうとしてくれた。意見を聞きながら、私自身も気付くことがあり、最後は、これから企画作りをしようということになった。目的はほぼ達成できたと思う。
1回乗り換えで、品川へ向かった。
K社で、次の企画の相談をした。今朝未明に2つのストーリーを送っておいたので、すぐ話はスタートした。どちらも本にしたいので、どちらを先にするかがポイントだ。甲乙つけがたい。若干インパクトが弱めの方に、もう少し色をつけて再提出し、月末の編集会議で議論してもらうことにした。やはり仕事というものは、ボールのやりとりで進展していく。いつまでもボールを握っているのはよくない。少しでも付加価値をつけ、それを相手へ送って刺激させ、フィードバックのボールをもらうのが良いのだ。
今日はK社の社長にも挨拶し、今後の長いお付き合いをお願いした。
それから、久しぶりにオキュルスへ行き、イベントの相談をした。6月11日(日)が候補日となった。楽しいイベントにしたい。
K社の編集者と小さな中華料理屋でビールを飲みながら歓談してから、品川駅で別れた。
改札口内のショップでお土産を買おうと思っていたのだが、お菓子屋の周辺は大行列だった。会社帰りのサラリーマンとおぼしき人がほとんである。そう。ホワイトデーのためだ。
私は誰も並んでいないお菓子屋で美味しそうなクッキーを見つけたので、そこでさっさと買って、新宿を目指した。
今夜も夜行バスで帰るのである。
3月14日(火)「休養と片付けの日・・・の風さん」
先週よりも約1時間遅く名古屋に着いたが、それでもまだ7時前である。しかし、先週ほど寒さは感じなかったし、ふらつきも小さかった。慣れた手順で名鉄の駅まで歩いた。
来年へ向けて、今年の仕事も含めて、明らかに進み出した感じがする。手応えがある。いよいよ未練(本名での仕事)を断ち切る準備にも入る必要性を感じる。
最寄りの駅までワイフに迎えに来てもらったが、まだ風邪(らしき症状)がくすぶっているようだった。
昨日のペコの状態は落ち着いているとのことだったが、以前のような食欲もなく、少し口にしてもすぐ吐いてしまっているらしい。
てきぱきと荷物を方付けながら、さっと入浴し、朝食のテーブルについた。昨日の成果を力説した。ワイフはほとんど黙って聞いていて、自分の体調とペコの病状のことがあるからだろう、イマイチ反応はにぶかった。
その後、ワイフは明日の名古屋での仕事の準備にとりかかり、私は例によって、リビングで横になった。睡眠と休養の補給だ。
2時間くらい横になってから起き出して、1階のフローリングの水拭きとワックスがけをモップで簡単にした。ここ数日、ペコがあちこちで吐いているので、スッキリさせたかった。これで、ワイフの気分も良くなるだろう。
その後も、さまざまな雑務(主に片付け)に取り組んだ。なるべく頭脳労働を避けた。今日ぐらいは許してもらおう。
夜、2度目の入浴中に、S社向けの企画に関するアイデアが次々に頭に浮かんできた。寝る前にメモしておいた。
ペコに長女が飼って来た猫用缶詰を少し与えてみた。ほんの少し口に入れてくれた。明日も与えてみよう。
3月15日(水)「ペコのケア・・・の風さん」
やや早起きしてワイフを駅まで送った。今日も色々とやることがあるが、ペコのケアが最も気になる。しかし、トイレにした跡があったので、今日は期待できそうな気がした。
雑用をひと通り終えて、リハビリに出かけた。実は、時間を間違えて1時間早く出発してしまった。
待ち時間を利用して、スマホで電子書籍を読んだ。PCでときどき読んでいる本の続きだ。印象的な文章に触れることができた。
ホームセンター、ドラッグストア、ATMに寄ってから帰宅した。
ペコに長女が用意した猫用の缶詰を少しやったら食べてくれたので嬉しかった。私はその後ラーメンで昼食。
再び雑用の片付けに取り掛かった。元気なうちにやってしまわないと後でできなくなる案件ばかりだ。
休憩時間にまたペコに缶詰を与えたら少し食べてくれた。このまま吐くことなく食べ続けてくれればいいのだが。
夕方、ペコがトイレに行っている気配がしたので、階下へ降りて様子を見た。ペコは頑張っていたが、出なかった。しかし、頑張ったために、また吐いた。
少ししてから、また缶詰を与えようとしたが、横を向いて食べようとはしなかった。吐いてからあまり時間が経過していないせいだろうか。
夜、ワイフを駅まで迎えに行こうと階下へ降りたら、玄関マットに吐いたばかりの跡があった。
その後も、ペコは元気がなく、私の元気もどんどんなくなっていった。
夜は、明日のリフォームの打ち合わせの準備をやっとした。仕様をどうするか事前に決めておきたいのだが、迷ってしまう。
3月16日(木)「毎日疲れる・・・の風さん」
私が企画している算額見学会の、先方からの閲覧許可がおりたので、1次案内として、見学日時(約2か月後)の正式決定を通知した。
地元の図書館に依頼してあった相互貸借申請本が届いたという知らせがあったので、昼前に受け取りに行ってきた。この本は今から5年くらい前に国会図書館で閲覧した本である。内容をしっかり確認して、重要部分だけコピーをとるか、あるいは古本を購入するか、これから判断することになる。
午後、リフォーム会社がやって来て、職人も交えて現地確認しながら、仕様打ち合わせをした。カタログを借りてあったので、前回よりも具体的に希望を述べることができ、だんだんリフォームのイメージがかたまってきた。今回の仕様をもとに、10日後に、ラフ見積もりを元に再打合せすることになった。
ひと休みしてから、元気のないペコを病院に連れて行った。私は昨日ペコと一緒にいてすっかり元気をなくしたが、今日はワイフがペコを見ていてすっかり元気をなくしてしまった。
病院では、食欲のないペコに与えられる食事がないか聞くことと、病状に変化がないか診察してもらうのが目的だった。
結局、病院に残っているのは我々だけ、というくらい獣医が親身になって対応してくれた。
処置してもらった結果を期待したのだが、帰宅して、早くもその効果が現れた。具体的にはここに書けない。ワイフと二人、ペコの行動を追いかけながら、後始末をして回るのである。まったく油断できなかったので、夕食は午後11時ころになってしまった。
本当に疲れてしまい、私は風呂に入り、オンザロックを飲んで寝た。が、ワイフは心配で、その後もペコに付き添っていた。
3月17日(金)「ペコも飼い主も元気なし・・・の風さん」
4週間ぶりの総合病院へ行った。1年かけた治療が今日で終わる予定だった(主治医の人気も来週で切れるため)。ところが、イマイチ完治しているか不安が残ったため、投薬は中止して、3か月後に別の医師に診察してもらうことになった。五十肩が1年のリハビリで完治しそうもない中、せめて総合病院だけでも終了にさせたかったが、だめだった。加齢による治癒速度の低下が原因かもしれない。やれやれ。
パンで軽くランチを終えて、かつての勤務先に行き、元同僚と歓談と情報交換をした。途中から、元部下が合流し、別の元部下の昇格祝いのビデオメッセージを撮ってもらった。サプライズ演出である。
あと、床屋とGSに寄って、6時半ころ帰宅した。
ペコの元気のなさは相変わらずで、それが原因でワイフも元気がない。
昨日病院でもらった猫用食事の一つ、子猫用ミルクを与えてみた。今夜は2回、試しに(注射器を用いて)与えてみたが、体からの拒絶反応がなかったので、一つ安心材料が出て来た。
とにかくペコが元気がないので、飼い主も元気が出ない。
明日は名古屋へ行くので、早めに就寝した。
3月18日(土)「ペコが心配・・・の風さん」
どうも疲労がとれない。最近トレーニングに行く余裕もないため、また元の老いぼれに戻りつつある。
ペコが心配で元気がないワイフに駅まで送ってもらって、名古屋へ向かった。市バスに乗り換えて、久しぶりに県図書へ行った。相互貸借が待ちきれないので、狙いの本のコピーをとるのだ。
有効期限切れになっていた利用カードを更新し、検索して見付けた本を書庫から借り出す手続きをした。ここまでは、以前何度もやっているのでスムーズだ。
混んでいなかったので、じきに書庫から狙いの本が出て来た。
1階はやや人が多いと思い、2階へ行き、ソファに座って内容をチェックした。期待以上の資料があり、見開きでコピーすれば17枚で済みそうだ。コピー機が占領されていたので、3階へ移動した。
かつては複写申請が必要だったが、手続きが省略されたらしい。慎重にコピーをとった。
閲覧席にすわってもう一度資料をチェックしようと思ったのだが、体がだるくてできない。ウトウトした。
お昼になってしまったので、借りた本を返却してから上の階の食堂に行き、ラーメンを食べた。このへんの行動も慣れたものだ。
次の目的地へ行く元気が出るまでと思って、2階のソファに座ってウトウトしているうちに爆睡状態になってしまった。
何度か目覚めたが、元気が戻らない。これでは、次の目的地(今日は名商大のケース発表会だった)で迷惑をかける。iPhoneで先生へ急に行けなくなったことを詫びてから、帰宅することにした。
帰りの電車からワイフにメールしたら、午後外出する予定だったワイフが、ペコが心配で家にいるという返信だった。
帰宅するとペコは相変わらずで、水も飲もうとせずじっとしている。寝ているわけではなく、目が開いていて、どことなく悲壮感がただよっている。子猫用ミルクを少し飲ませるのが精一杯で、結局、猫も飼い主も元気のない1日だった。
3月19日(日)「ポスター算額展見学・・・の風さん」
すっかり春らしい陽気になってきた。今度こそ最後にしたい灯油を屋外タンクに給油した。
ワイフが実家に出かけ、私は多治見市学習館で昨日から始まった算額展を見学するため、キャメロンで出かけた。
11時に出発。ゆっくり走ったので、ナビの予想到着時刻が次第に遅れるくらいだった。
内津峠PAでサンドイッチを食べ、しっかり休憩をとったが、やはり疲労が蓄積しているようだ。今日はのんびり走行に徹しよう。
ポスター算額展とのことだったが、予想と違っていた。算額の写真を原寸大に引き伸ばしたものを(全部ではないが)たくさん展示してあったのだ。たいていの算額は大きいので、写真でも迫力がある。初めて見る算額も多く、企画された深川英俊先生の解説が楽しかった。来月渡米して、アメリカでもやるそうだ。
5時過ぎに帰宅したら、長女が男友達を連れて来ていた。礼儀正しい青年で、とても好感をもった。
彼が持参したお菓子などがたくさんあり、夕食は、お菓子を食べて済ませた(笑)。
ペコは相変わらずである。
疲れたので、テレビで「A LIFE」の最終回(録画)を観てから入浴し、今夜も早めに就寝した。
3月20日(月)「1日あってもできない・・・の風さん」
春分の日。朝から快晴。1日、自由に使える。気持ちが前向きになる。
しかし、花粉症の予感がした。強力な薬はかえって危険なので、アレルギー対策の薬を飲んでおいた。
午前中は順調に雑務をこなしていったが、なぜか背中が痛くなった。寝違えが首でなく背中に起きたような感じである。昼食後、念のためにロキソニンを飲んでおいた。できれば、久しぶりにトレーニングに行きたかったのだが、横になって体を休めることにした。
背中の痛みが少しやわらいだところで、いよいよ執筆仕事に復帰だ。
今日は、次の児童書の企画2案の改訂版を完成させるのが、最初の目標だ。資料を読んでいると、時間ばかりかかって先に進まないので、元原稿をいきなり修正することにした。
ところが、これがなかなかはかどらない。
夕方になって、晩ご飯前までに完成させようと決めつつ、資料のチェックも始めた。
ペコが相変わらず元気がないので、ワイフも不機嫌なままだ。こうなると私の気分も盛り上がらない。
昨日の算額展見学はフェースブックにアップした。すると反応があって、やはりPR効果がある。ともだち登録は現在260人ほどだが、これが1000人をこえるようになれば、かなりの力があるんだろうな。
執筆はとん挫した。歴史の推移とストーリーの整合がとれないのだ。最初に書いたストーリーは単純すぎたのかもしれない。
夕食後も、執念で頑張ってみた。しかし、ダメだった。雨まで降り出した。明日は朝がやや早いので、徹夜覚悟で続けるわけにはいかなかった。
3月21日(火)「長女とランチ・・・の風さん」
いつもより早起きしたので、体力がやや心配。昨夜からの雨もまだ降っている。
雑務をせっせと片付けてから、アクアで出発。JAでお金をおろし、一般道を名古屋へ向かった。雑務はかなり片付けたが、肝心のストーリー原稿ができていないので、気分はイマイチ。
1時に長女と合流し、近くのレストランへ向かった。病院の近くなのだが、セルブが利用するレストランが多い一画とのこと。
長女が案内してくれたレストランも有名なシェフが経営しているらしく、なるほどとうなずけるデザインが凝らされている。
料理はイタリアンで、ランチコースを食べた。ペコのことなど色々と話をした。次女の仕事の話は、私の知らない情報をもたらしてくれ、不安がかなりなくなった。
食後、精算しようとすると、既に長女が済ませていて、1年前のお礼だという。そういえば、1日かけてあちこちの病院を走り回った。あれから1年か……。
長女は1週間の連休で、マンションまで行って荷物をアクアに乗せて(キャメロンではキャリーケースはちょっと無理だったかも)、有料道路を利用して帰宅した。5時ちょっと前だった。
1時間後にワイフも名古屋から帰って来て、茶飲み話となったが、ボリュームのあるお菓子を食べたので、夕食は軽く済ませることになった。私はひと眠りして、起きたら、きしめんができていた。焼いたお餅が入っていて香ばしかった。
ひと眠りで元気が出たので、昨夜の続きを始めた。
結局、午前1時過ぎに原稿が完成し、出版社へ送ることができた。木曜日までに欲しいと言われていたので、早めに提出できて安心した。
今夜、最後の仕事はペコに子猫用ミルクをほんの少し飲ませたことだった。
3月22日(水)「天気は回復したが・・・の風さん」
今日は快晴。気分がいい。しかし、ペコは相変わらず、押し黙ったまま(つまり猫らしい人を癒す表情をせず)テーブルの下でうずくまっている。何とかならないものか。
雑務を片付けてからリハビリに出かけた。こんな天気の好い日で、昼近いのに、クリニックはすごい混雑。
総指伸筋の痛みが少しやわらいで、タオルを絞れるようになったことを報告した。この1週間はこれだけが進歩。五十肩のリハビリは、かなり大きく動かしてくれるようになった。もしかすると、こちらも進歩があるのかな。
ホームセンターでペコに与えられそうなキャットフードを物色した。実に多彩なフードが並んでいたが、子猫用ミルクはなかった。
田舎道を抜けて、JPに寄って振り込みをしてから帰宅した。
長女が昼食に焼きそばを作ってくれた。
夕方から3人で買い物に出かけた。日が長くなったので、気持ちが前向きになりかかるが、ペコのことを考えてしまう。久しぶりに寄ったショップにも子猫用ミルクはなかった。
いつもリハビリの後は疲れて昼寝してしまうことが多かったが、今日はその時間がとれなかった。少し読書はしたものの、鍋物の夕食後は、疲れてしまい「バイオハザードW」を観て、本日は閉店にした。
3月23日(木)「点滴の効果か・・・の風さん」
2週間に1度のペコの診察日だが、ここ2週間、ペコの症状は重くなる一方だったから何度も病院に行っている。今日は、長女も連れて行き、食べ物はおろか水さえ飲まなくなった、それでもトイレに行き、その直後に吐いてしまう、ということを訴えた。
すると、主治医は冷静に「水分補給の点滴と吐き気止めをしましょう」と言い、準備に取り掛かった。驚くことにどちらも肩の皮下注射で、水分を注入していくと、まるでラクダのように背中が盛り上がってきた。「血管への注射は長時間を要しますが、猫はここに水分をためることができるのです」と言う。まったく知らなかった。
続けて、吐き気止めといつもの抗生剤の注射をしてくれた。
さらに、子猫用ミルクだけは飲ませることができると言ったので、3缶とシリンジを何本か処方してくれた。
帰宅してすぐ効果が現れるかは疑問だったので、私は自宅の周囲に久しぶりに除草剤を散布して気をまぎらした。
しばらくすると、ペコの表情に変化が現れた。険しかった表情が少し緩和してきたのだ。シリンジで飲ませたミルクの効果もあったかもしれない。
この間に、私が昨日Amazonに発注した品物が届いた。何度も何度もネットでチェックして今購入すべきかもう少し待つべきか、色々と迷っていた品物だった。ペコの心配をしているときに、こんなことでもあれこれ悩んでいると憂鬱になるばかりだった。なので、昨日、思い切って発注したのだ。
届いたので、早速、簡単に動作確認をしてみると、期待通りだったので、現金なもので、気分が晴れやかになった。
夕方までに、ペコの症状はさらに改善した。落ち着いているのだ。ラクダのように盛り上がった背中に入っている水分のせいかもしれない。
夕方から、私は久しぶりの「とこなめ会」へ、ワイフと長女は買い物に出かけたが、不安はかなりなくなっていた。
夜になって、ペコの症状はさらに安定し、ひんぱんにトイレに行くこともなく、一度も吐かなかった。シリンジでミルクもまた飲ませることができた。明日はもっと改善していてほしい。
3月24日(金)「名古屋で仕事の相談・・・の風さん」
天気はいいが風が強い。だんだん桜の季節が近付いているのを感じる。
午前中に雑務を処理し、午後からキャメロンと電車で名古屋へ出かけた。
仕事の相談だった。確かに私の専門に近い分野で、頑張ればやれそうな内容だったし、非常に興味もある。また、取り組めば勉強にもなる。しかし、今後のことを考えると安請け合いはかえって相手に迷惑をかける。精一杯の意見を述べつつ、対応については慎重にならざるを得なかった。しかし、声をかけてきてくれたことについては、感謝感謝感謝である。
帰りに電器屋とGSと閉店が近いスーパーに寄って、6時過ぎに帰宅した。
ペコは昨夜の状態を維持しているというか、むしろ回復しているほどで、こちらの気分も大いに回復した。
そうなると仕事をやる元気も出てくるから不思議だ。自分だけでなく家族(たとえペットでも)の病気でも、仕事への影響は大きい。
数日前からまた詰まっていたトイレまで、スッポンでうまく抜けた。
3月25日(土)「ホームシアター・・・の風さん」
いつものように左腕の総指伸筋の痛みで目が覚める。ゆっくり動かして、五十肩同様に固まっている筋肉をほぐす。指を伸ばしたり縮めたりする筋肉なので、最後は、左手の開いたり握ったりを繰り返す。そうやって痛みがやわらいだところで起床。
このストレッチが良かったのか、その後、総指伸筋の痛みがあまりない。
トイレの詰まりは解消したし、ペコの調子もまずまず、総指伸筋の痛みもおさまっている。午前中は、執筆に集中することができた。
昼前にクロネコが注文した品物を届けてくれた。気分も体調も良いので、予定通り、リビングのサイドボードの上を掃除して、品物の格納スペースを確保した。
昼食後、早くもエネルギー切れになった。しばらく筋トレをしていないので、仕方ない。
ゆっくり休んで、夕方からまた執筆の続きをした。
晩ご飯は近所の中華レストランに行った。長女は初めてで、見かけより味が良いので驚いていた。料理を注文し過ぎて、満腹になってしまった。東京にいる次女にラインでこちらの様子を(写真付きで)送りつつ、向こうの様子を尋ねた。返信は帰宅した後だったが、自炊を楽しんでいるらしい。1週間が経過し、次女も心配なさそうだ。
夜は、リビングでホームシアターを初めて楽しんだ。今週、思い切って購入した機器で、すべてがそろったからだ。
鑑賞したのは、かつて映画館で観た「ミッションインポシブルV」で、ほとんどストーリーを忘れている(笑)。プロジェクターに電源コードを接続して操作したつもりが、コンセントのスイッチを入れ忘れ、バッテリー駆動だった(だから画面が暗かった)。
これから環境さえ良ければ、いつでもホームシアターができるし、プロジェクターのない場所での出張講演も可能だ。
3月26日(日)「忙しい日曜日・・・の風さん」
木曜日の処置の効果が持続しているらしく、ペコの様子は安定している。とは言え、油断はできない。主治医と相談して、同じ処置を再びしてもらうのが良いと考え、午前中に病院へ行くことにした。そのため、長女も名古屋へ帰るのを1日遅らせた。
日曜日でも病院には患者(犬や猫だが)が多い。たまたま主治医が緊急手術になってしまったので、別の医師に診てもらうことにした。
症状をしっかり伝えた結果、同じ処置をしてくれることになった。そこへ手術着の主治医がちょっとだけ顔を出してくれ、ペコの様子を確認して出て行った。昨年の8月以来お世話になっているのだが、ペコに情が移っているのかもしれない。ありがたいことだ。
他にも重症の犬が来ていた。長女に言わせると、治療費として25万円を請求され、クレジットカードで支払っていたらしい。
帰宅し、昼食後、長女を名古屋へ送って行った。荷物が多いので、電車で帰すのは気の毒だった。安全運転で往復2時間弱である。
名古屋から戻ってすぐリフォームの打ち合わせになった。昨日、約束の時間を遅らせてもらったのだ。
2回の打ち合わせで決めた内容での見積もりが出ていた。イメージとして商品と工事費がほぼ半々で、当初考えていた額に近付いていた。さらに追加工事(2階のトイレの詰まり対策も含めた)の打診をし、次はショールームで実物サンプルを見ての仕様決めである。来月の半ばまでには正式発注になりそうだ。
ここまでですっかり疲れてしまい、夜はほとんど仕事はできなかった。今日はときどき小雨が降ったが、明日からまた晴れる。
3月27日(月)「資料の整理・・・の風さん」
アクアの給油と(本当に)今年最後の灯油を買いにGSまで行った。
帰りにネズミ捕りをやっていた。下り坂のカーブでスピードが出てしまう場所だ。事故が起きやすい交差点でマナーの悪い運転を取り締まる方がずっと効果があるということになぜ気が付かないのか。あるいは気が付いていてもやる気がないのだろう。
コンビニで借りている本のコピーをとった。枚数が多いので自宅のコピー機より効率的にできるはずと思い、時間をかけてやったのだが、帰宅して、本の中身をチェックしていたら、新たにコピーすべきか所が見つかって、結局、自宅でもけっこうな枚数をコピーしてしまった。
かつて国会図書館でコピーした資料と、先日、県図書でコピーした資料と、今日コピーした資料を2冊に整理した。
ここまでで疲れてしまい、昼食後、たっぷり昼寝することになってしまった。
あとはビジネス書のための図表作成に取り掛かった。
3月28日(火)「リハビリ1年・・・の風さん」
リハビリに出かけた。ついに丸1年通ったことになる。五十肩になって半年間放置したあげく、リハビリになり、1年通っても完治しなかったわけだが、PTによるとこれでも順調な回復速度とのことだった。最近は、起床時に左腕が固まっていることが多い。リハビリ速度よりも老化速度の方が上で、追い越してしまうのではないか、などと思ってしまう。
帰りにホームセンターに寄って除草剤の原液を購入した。車庫周りに散布した効果が明瞭に見られ、やっと除草剤も役に立つことがわかった。今年は機械化がメインテーマだが、面倒な隅っこなどは、除草剤で処理したいと思っている。
ATMに寄ったら調整中で空振り。図書館に寄って、相互貸借本を返却した。
珍しくワイフのトール教室がそこそこのタイミングで終了したので、ランチに誘った。知人のレストランで、応援の意味がある。
行ってみたら、客は皆無ではなかった。ときどき客が全然いないことがあるので、心配なのだ。ここのピザは美味しいのに。
ランチ後、ワイフがトマト農園に行きたいと言い出した。
三河湾が見える高台にあるビニールハウスで、初めて行った。天気が好く、のんびり暮らしていたら長生きしそうな気がするが、現実は、そんなに甘くはない。
帰宅し、例によって昼寝して体力を戻してから、ビジネス書の図表作成の続きに取り掛かった。
3月29日(水)「生産技術マネジメント研究会振り返り・・・の風さん」
ペコが安定しているので、病院へ行くのは中止した。その代わり、天候の具合から、裏の土地の周囲の雑草に除草剤を散布した。家庭内に心配事がないと、こうやってちょっとした仕事でもやれる。
午前中は昨日の続きでビジネス書の図表作成をした。
途中で参考文献の検索をし、借りるのか買うのか検討をしたのだが、なんと明治30年出版の本が、GoogleBooksで公開されていて、難なくPDFでダウンロードできた。古本の最安値は3000円だったので、ラッキー。
午後、電車で名古屋へ出かけた。
JMAの生産技術マネジメント研究会の振り返りと次年度の進め方を7人で打ち合わせた。ここ数年参加者が少ないことをどう判断するか、それが悩ましい。色々な意見が出たが、まだ先は見えない。
続けて懇親会になり、秋田では品薄の新政と来年へ向けて会津中将という日本酒を楽しんだ。
酩酊していたので、帰宅してから仕事はほとんど不可能だった(笑)。
3月30日(木)「最高の装丁・・・の風さん」
来月の下旬に出版される児童書のカバー、帯、表紙、内扉の見本が届いた。素晴らしい出来で大満足した。
今回の児童書は通算3冊目になるが、こだわりの編集者と協力し、外観というか装丁は大人向けと同等かそれ以上の完成度を目指し、実現させることができた。内容に全力を投入しているのは間違いないが、形のある(電子書籍とはそこが違う)本にするためには、著者の努力だけではできない。その領域に、私ごときものでも、色々と提案させていただいて、芸術作品ともいうべき本が完成するのは無上の喜びである。
午後、ソナポケのファンミーティングに行くワイフを送り出してから、自分の時間となった。
図書館にまた相互貸借の申請をした後、今月2回目の筋トレに行った。こんなに回数が少なかったのは、ペコの病気が最大の原因で、病院へ行く頻度が増したことと、家でもケアが必要だったからだ。今週は落ち着いているので、やっと仕事含めて色々とできるようになってきた。やはり家族(ペット含めて)の健康は重要な人生の土台である。
久しぶりの筋トレだったので、あまり無理しなかった。帰宅してすぐ、こちらも久しぶりにヘアダイをし、シャワーを浴びた後、休憩タイムとなった。
今週は花粉対策もレベルを上げている。一番はマスクで、二番は(就寝中でもマスクが必要なほどなので)寝室の空気清浄機2台(タイプが違う)の稼働、そして最後はときどきの薬の服用。今日は朝からアレルギー対策の薬を服用している。
終電近くでワイフが帰宅するまでは、ビジネス書の図表作成を続けた。
午前零時に軽く入浴し、オンザロックを飲んでベッドへ直行した。
3月31日(金)「月末で期末・・・の風さん」
久しぶりの筋トレで疲れたのか、昼近くまで寝坊してしまった。昼食はパンだけ。
別に罰が当たったわけでもないだろうが、午後から雨。天気予報より少し早い変化だ。
月末だし期末だ。何となく気ぜわしい。猫の写真の応募が締め切りなので、慌ててネットから応募した。モデルは今は亡きシルバー。
小雨が降る中、役場まで行き、次女の国民健康保険脱退手続きのやり方を聞いた。現時点転出していないので、新しい健康保険証のコピーがあれば、私が代理でできるとのこと。
読みかけの本を1冊読了した。今月は3冊にとどまり、今年の通算は13冊だ。
晩ご飯の時間が近付き、これまた久しぶりに空腹感をおぼえた。
夜はビジネス書の図表作成に取り組んだが、Excelで自作しようとしてとまどった。
今年も早くも4分の1が終わってしまう。ペースも効率も落ちる一方のような気がする。
2017年4月はここ
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